随想:エッセイ

音楽が終わる前に 9
「狂乱」にふるえる

人間は言葉よりもずうっと以前(まえ)に音楽を獲得していただろう。
人間を詩人にするものの存在は文字の獲得よりもずうっと以前からあっただろう。
そして、叫びが歌であったろう。
音楽も、詩も、歌も、人間の誕生とともに誕生したであろう。
「狂乱」は、その原始の時代(とき)、音楽と詩と歌が人間と分かち難くあった時代を現代に呼び覚ます。
エレクトリックなギターにエレクトリックなベース。そしてエレクトロニックなドラム・マシーン。楽器の音も歌の声もすべて機械処理され、そこに発生しているはずの生の音も肉声もすべてスピーカーから出る大音響で消し去られてしまう。そこでは静寂音さえ人工的に増幅(アンプリファイ)されて聴こえる。「狂乱」はそんなエレクトリックな、エレクトロニックな現代に、原始の時代を呼び覚ます。

あるがままに  (詞 ジュン)

たとえば自由 たとえば理想
たとえば希望 たとえば夢
どれだけそれを追う気があるうか
それ思う力 その選択
言葉が綺麗で中身が見えない
私はいつでも自由になれるが
死ぬ気はないので妥協が多い
「生きていながら妥協のないこと」が
私の夢 私の理想 私の希望
心からそれを願う
心焦がすものは私自信の静寂
現実逃避は素晴らしい
それがそのまま逃げられるのなら
それが出来ないと分かっている時
俺は現実を我がものにする
あるがままに あるがまま
あるがまま生きてみて
妥協を無くそうと

 詩には言葉に幾重にも纏い付いている胞衣(えな)を破り、言葉の本性を暴き出す暴力がある。「狂乱」はその暴力を、叫びが歌であるような歌と、エレクトリックな、エレクトロリックな演奏(プレイ)とでアンプリファイし、聴く者を暴力的に生まれたばかりの人間の、無防備で無垢な状態に追いやる。
「狂乱」を聴くということは、現代(いま)の詩(うた)の誕生に立ち会うことである。すべての命がその誕生の瞬間に持つエネルギー、その命だけが持つ独自性、すなわち唯一無比の実在。それらが感受され、ふるえる。人間を詩人にするものの存在が感受され、ふるえる。
「狂乱」にふるえる。

(ミッドナイト・プレス 15号)